Company Overview

会社沿革・受賞歴

明治26年 貝原助治郎、広島県芦品郡(現福山市)新市町常に於いて手織正藍染小幅絣(38cm)製造を個人創業、商標をスとする
明治36年 手織機(高機)70台で生産。従業員30名
昭和12年 第二次世界大戦等により綿糸の配給がストップ。織物業を中断し、バンコック帽子を帽子機30台で製造。また軍用のカズラ縄も製造
昭和20年 終戦により絣織物業の復興に着手
昭和26年 資本金180万円、織機34台をもって貝原織布株式会社を設立し、会長に貝原助治郎、社長に貝原覚、専務に貝原定治が就任
昭和29年 液中絞自動藍染機を自社開発(特許)
昭和31年 世界初の動力織機による36インチ(90cm)幅の広幅絣を開発(商標:ニチボーコニイ)
昭和36年 世界初の48インチ(122cm)幅「絣入りサロン」を開発、中近東アデン向け民族衣装サロン(Sarong:ロングスカート状の腰布)を輸出
ウール素材の着尺用ウール小幅絣を備後で初めて製造開始(東洋綿花より受注)
昭和37年 大日本紡績(株)の資本参加により資本金2,000万円に増資
貝原産業株式会社設立(資本金100万円)
昭和40年 広巾絣織協同組合設立(資本金100万円)
昭和43年 中近東アデンの政情不安、英国ポンド切下げ等によりL/Cストップ、絣入サロンの過剰在庫(約1年分)抱える
昭和44年 絣入サロンについてL/C再びストップし、生産中止
昭和45年 会長に貝原覚、社長に貝原定治が就任
チーズ染色法によるインディゴデニムを初出荷
藍染連続染色機(ロープ染色1号機)を自社製作し、ロープ染色によるデニムを日本で初めて市場に供給
昭和48年 上下工場開設
昭和49年 (株)デニー設立(資本金5,000万円)(ユニチカ(株)、貝原織布(株)折半出資)
トヨタGu8織機68台で操業開始
昭和50年 公害防止協定を新市町との間に締結・活性汚泥法による排水処理施設完成
昭和51年 ロープ染色月産10万反達成、国内に於ける75%の生産を占める
昭和52年 ロープ染色8号機完成、ロープ染色月産12万反達成
昭和53年 吉舎工場開設、スルザー織機120台による織布工場竣工
昭和55年 吉舎工場整理加工設備導入
昭和57年 上下新織布工場完成、スルザー織機を増設し120台体制(グループ全体で336台体制)
平成元年 東京営業所開設(江東区)
本社・吉舎・上下工場KAPSS(販売支援生産管理システム)導入
平成 2年 会長に貝原定治、社長に貝原良治就任
平成 3年 吉舎紡績工場竣工(オープンエンド糸紡績ライン操業開始)
※これによりデニムの紡績・染色・織布・整理加工の一貫生産ライン完成
貝原織布株式会社をカイハラ株式会社に社名変更
平成 4年 創業100周年記念式典、記念碑建立
平成 5年 吉舎紡績工場でリング糸紡績ライン操業開始
平成 6年 小幅シャトル織機によるビンテージデニム本格生産開始
平成 8年 貝原歴史資料館開館
平成12年 吉舎工場へ整経・染色工場竣工
マルス興株式会社設立(資本金5,000万円)
ユニチカ(株)所有のカイハラ株式全株を取得
平成15年 相談役に貝原定治、会長に貝原良治、社長に貝原潤司就任
平成16年 会社分割によりカイハラ(株)を販売会社に、貝原産業(株)を製造会社とする
ロープ染色累計長100万km達成
平成17年 貝原産業(株)が(株)デニーを吸収合併し、社名をカイハラ産業株式会社に変更
三和織布工場竣工
平成20年 三和紡績工場竣工
平成21年 広巾絣織協同組合より加工業務をカイハラ産業(株)へ集約
ロープ染色1号機新設
平成22年 カレンダー加工機導入
平成26年 KAIHARA(THAILAND)Co.,Ltd.設立
副会長に貝原潤司、社長に貝原護就任

受賞歴

平成19年 第7回 ポーター賞受賞
平成24年 第42回 繊研合繊賞 マーケティング部門受賞
平成25年 経済産業省 第5回ものづくり日本大賞優秀賞受賞
平成26年 経済産業省 グローバルニッチトップ企業100選
平成27年 2015グッドデザイン賞受賞