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クルマとデニムが繋いでくれた交友関係

1970年代よりLAに移住し、日本とアメリカのデニム産業の懸け橋として一旦を担ってきた大坪洋介氏。現在は日本を拠点に世界中のデニムにまつわるプロジェクトに携わる一方、オールドカーの蒐集家としての顔を持つ。長年培った知識と経験に基づき、ついに巡り会わせた現在の愛車の話から、心温まるジーンズとシトロエンのエピソード、クルマが繋いでくれた交友関係など、話題は尽きません。

本物とはイノベーティブなデザイン

マイファーストカーは学生時代に手に入れたスズキのフロンテ。その後はボルボのアマゾンを3年ほど乗りました。LAに移住してからはトライアンフのTR6、そして1967年式のシトロエン・DS21パラスという遍歴ですが、ここから僕はDSの虜になりました。そのきっかけは、シングルヘッドライトのDS19を見てデザインの美しさに惹かれたことです。さらに知れば知るほど奥が深いところなども。一緒にいると、まるで生き物みたいなクルマです。私が考える美しいものとは、値段が高いとか稀少とかではなく、革新的な技術に裏打ちされたデザインであること。DSは100年の自動車の歴史の中でもイノベーティブなもので、だからイームズもAppleも大好きです。最近の愛車は、世界で2台しか現存しない1958年式の英国バックラーDD2です。これまで十分DSを楽しんだし、もちろん飽きてはいませんが、このバックラーを次世代に繋ぐ継承者として愛情を注いでメンテナンスしたりドライブしています。

デヴィッド・バーンとシトロエンDS

一時期は13台ものDSを所有していました。そのうちの1台をある人に譲ったユニークなエピソードですが、ある日、ビバリーヒルズのレストランで隣に居合わせた素敵なカップルから「NYから移住してきたばかり」と話しかけられました。僕は「LAだと車が必要だね。どんな車が欲しいの?」と聞いたところ、彼は偶然にも「シトロエンのDS」「色はシルバーの外装に黒の内装」だと。まさにその日に乗っていた僕のDSそのものでした。翌日、彼をガレージに招待して僕は助手席に座りテストドライブしていたときにDSのラジオからキューバ音楽が流れたので、彼に「僕は音楽とジーンズとシトロエンが好きなんだ」と話したら、彼が「洋介、僕はミュージシャンで君の国でも歌ったことがあるよ」と。そこで名前を聞いたら、あの「トーキング・ヘッズ」だと(驚)。そう、僕の隣で試乗している人はデヴィッド・バーン本人だったのです。

ヴィンテージの501XXと交換したDS

当時、外装が白で内装が赤の1968年式のDS21に乗っていました。その頃、僕は仕事でヴィンテージのリーバイス501の買い付けをしていたのですが、ある日仕入れ先で付き合いのあるバイヤー夫婦から電話があり、「車が壊れたのでこの先は仕事ができなくなった」と。とても大切な友人でもあったので、僕は所有する10数台のDSの中から、彼らの好みの内外装色を聞いて、そのクルマで迎えに行き「それならこのDSとあなたたちの持っている501を交換しよう」と話をして、ブツブツ交換した思い出もあります。

PROFILE
大坪洋介
ファッションディレクター / ワンオー・ オー ショールーム ディレクター

1956年生まれ。20代前半で渡米して29年間LAに在住。ファッション業界屈指の目利きとして、アメリカやヨーロッパの注目ブランドを次々と日本初上陸させ、デニム業界に従事。現在は海外ブランドをアジアで展開するディストリビューターやブランディング、PR業務など活動は多岐にわたる。2017年3月より、これまでのグローバルなネットワークを活かして株式会社ワンオー内に自身のショールーム「OH! SHOWROOM」を設立。

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